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12/12(金)

僕より上の世代で、今池を拠点にオトナになった人達が、週一回集まって飲む、サロンのような呑み屋がある。どちらかというと、僕は門外漢だし土曜日限定ということなので、あまり顔を出さないが、ガスホールの池成子公演の時に、随分お世話になったので、何週間か前にひょいと顔を出してみた。門外漢とはいえ、ほとんどが年上ではあるが知った顔も多く、何と云っても飲んでしまえば、どこでも同じになってしまう、ずうずうしいワタシなのであった。調子が出てきて、ア〜ダコ〜ダ喋っているうちに、元名大全共闘のM氏がやってきた。M氏とは、萬福鮨でも時々会うし、彼が市長選に立候補したときには、リカちゃん人形の下で最後の演説をやるというので、バレーボールズが出動し、賑やかし演奏をしたこともある。M氏は頭もいいし、河合塾の教壇に立っているだけあって、話もうまいので、大いに笑えるのだが、この日の話は、また格別に面白かった。
 昔、そのM氏が・・・・・・。えぇいっ!まだるっこしいっ!!牧野さんが学生時代、もちろんド貧乏で、ろくに飯も食っていなかった頃の話だ。ある日、庄内川の土手に、大量の缶詰が捨てられてあったのだという。千個以上はある。ラベルをみると、チャーハンの缶詰らしい。僕は、チャーハンの缶詰と言うモノを見たことが無いが、本当にあったらしい。日付から察するに、どうやらそれは、伊勢湾台風の時の救援物資の残りらしいという。伊勢湾台風は1959年、牧野さんが学生時代というと、1960年代のケツくらいだから、10年前の缶詰と言うことになる。慢性ハラペコの牧野さん達は、こりゃ得したとばかり、全部缶詰を拾って、猫ケ洞の貧乏アジトに運び込んだ。それからは、毎日のようにみんなでチャーハンを食うのであるが、さすがの保存食の王様も10年の年月には勝てず、缶を空けるとチャーハンはネバネバしている。う〜んと考え、それをフライパンで炒め、ネバネバをとって食うのだそうだ。うまいのかと尋ねると、牧野さんは「食えた」と答える。その時、僕の左隣で飲んでいた、ウニタ書店の林さんが、突然「いや、あれは食えたもんじゃ無かった」と言い出した。「いや、だって俺たちは、2ヶ月くらいで全部食いきったんだ」と、牧野さん。食えた、食えない論争は果てしなく続き、朝方遂にとっくみあいの喧嘩になった!・・・というのは嘘で、さすがにみんなでゲラゲラ笑ったのでした。僕たちの若い時も、全然金が無くて、時々昔話になったりするが、若い頃の極貧生活はやっとくもんですね。後々、楽しく酒が飲めること請け合いです。
 と、ここまで書いて、気になったもんだから、「チャーハンの缶詰」を検索してみた。ざっと見たところ、それらしきものは一件だけ。なんと、オランダにチャーハンの缶詰があるらしい。パッケージには、ナシゴレンとある。なるほど、バリで食ったナシゴレンは、まさしくチャーハンであった。インドネシアはオランダ領、『香辛料の独占売買目的のため、オランダは躍起になって他の欧州諸国と、インドネシアでの陣取り合戦を繰り広げた』のだそうである。『現代に生きるオランダ人たちは、エキゾティックで美味しい料理は徹底的に堪能すべきである、とばかりに、インドネシア料理を大いに取り入れた。』その結果、「チャーハンの缶詰」を作り上げたらしい。なんでチャーハンなんかを缶詰に、と思ったが、それは、いつでも手近に冷や飯の類が有るからで、確かに、日常に米が無ければ、手軽に缶詰を買うかもしれない。
 ひょっとしたら、牧野さんが食ったのは、オランダ製だったのかもしれないな。今度訊いてみよう。
by ahoinu_diary | 2008-12-19 23:49 | 2008.12