カテゴリ:2011.03( 21 )

3/31(木)

昨日に引き続き、4/18(月)のSylvain Chauveauと0が来日中止。代替え公演を入れてくれる方向で話がすすむ。実は、僕なんかより招聘元の方が大変なんだよね。ちょっと憔悴してる感じがして気の毒になる。
 義援金の募金箱から、第一回目の振り込みに行く。昨日林達が数えてくれて、切りのいいところで12万円持ってUFJ銀行へ。小銭が多いのでATMは使えず、窓口で順番を待っていた。50歳くらいの銀行員のおじさんがフロアにいて、ATMの案内をしている。その人は、まず髪型が個性的なのであった。額がかなりハゲ上がっており、生え際は随分上の方に有る。そして、そこから6〜7セントはあろうかと思われるヒサシが、びろ〜んと前に突き出ているのだ。思わずじ〜っと凝視してしまうではないか。興味深いので、ちょっと立つ位置を変えて、ヒサシおじさんの方へにじり寄っていく。銀行員というのは、僕たちのようなラフな商売とは違って、きちんとした挨拶をするのが普通である。「いらっしゃいませ」と、きちんと言う。ところが、そのおじさんは、「いらっしゃいませ」の最初の「い」を省略し、その「い」を語尾につけるのである。「らっしゃいませぃ」というのだ。ヒサシをつけた焼鳥屋みたいな銀行員なのだ。それが、1分間に3回くらい、ちょうどほとぼりがさめたころに、ヒルヒルとヒサシを揺らせながら「らっしゃいませぃ」というので、笑いをこらえるのに必死なのである。15分ほど待ったので、たぶん45回くらい聞いたと思う。素晴らしい待ち時間の演出であった。やがて順番が来てお金を渡し、金額を数えるのを待っていた。その間も「らっしゃいませぃ」は、間断無くやってくる。トクゾ〜さんと呼ばれ、すまなさそうに「十一万九千九百九十円しかなかったのですが・・・・。」と言われた時に、ついに笑いの堤防が決壊し、銀行のカウンターで腹を抱えて笑ってしまったのでした。あんな楽しい銀行は生まれて初めてだ。
 ライブは中山うりさん。前回来たときのブログで、「回転木馬と僕と猫」という曲が好きだと書いたら、お礼を言われる。なんでも、おとうさんが見つけて教えてくれたのだという。今度は飲もうね。
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by ahoinu_diary | 2011-04-08 02:04 | 2011.03

3/30(水)

夕方電話が入って、4/21(木)に予定していたVERSUSというバンドの来日が中止になった。はいはい。もう慣れちゃった。手続きもスムーズです。外国からみると、日本中がメッチャクチャになってるように見えるんだろうな。
 この間来た東京在住ミュージシャン中尾勘二さんは、地震の時、ちょうどトイレットペーパーが20センチくらいしか残っていなかったのだそうだ。買いに行かなきゃと思ったが、どこへいっても売ってない。もの凄く困ったと言っていた。中尾さんは、なんか才能有るんだよね。
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by ahoinu_diary | 2011-04-08 02:04 | 2011.03

3/29(火)

青山クリーニングから声がかかり、nobodynows+のマサや、くりぼうとピカイチへ。店長のター君も一緒に、今池の昔話。不良小学生が集まる、ばぁさんがひとりでやってる、オンボロ中華料理屋があって、タムロする小学生は、「40円スープ」なるモノを飲んでいたそうな。そこへ行って、「40円スープ」を飲むことは、小学生には、大層ハクのつくことだったのだそうだ。知らんなぁ・・・。すげぇ不味そうだ。
 OPEN HOUSEの並びには「上高屋」という、やっぱりばぁさんがやっているお好み焼き屋があった。ばぁさんは、足が悪くびっこをひいていた。昼からやっていたOPEN HOUSEに、コーヒー一杯で粘って、腹が減ると「上高屋」でお好み焼きを食った。お釣りの10円玉が、時々ピッカピカの新品みたいに綺麗だったのは、ばぁさんが、お釣りをソースの中に落っことしてしまうからなのだった。ソースの位置をずらせばいいと思うのだが、やっぱりこだわりが有ったのか。じぃさんと二人暮らしで、じぃさんはスーパーカブで、どこかへ働きに行っていたと思う。30年も前の話。二人は家を売ってどこかへ行ってしまったが、もう死んじゃったかなぁ。
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by ahoinu_diary | 2011-04-08 02:03 | 2011.03

3/27(日)

早川義夫/山本精一/JOJO広重。この企画、実はJOJO広重三がTwitterで「この3人で得三でやりたいんだが、誰かやってくれないか」と呟いたことから始まったのだった。うちで、何回かイベントを組んでくれているワカメちゃんという人が、連絡してきて、私がやるから協力願えないかというので、手伝ったのだ。手伝ったといっても、早川さんの連絡先を教えただけなんだけどね。あとは、任せっきり。
 JOJO広重のセット、山本精一セット、早川義夫セットに続いて3人のセッション。過去の早川さんの作品に対する、JOJOさんの思い入れが痛いほど感じられる。そして、今はその位置にはいない早川さんが、すっと立ってみせる。3人が、余分なことを捨てて、一番芯の部分へ向かっていこうとする様は、聴いていて気持ちのいいものだった。
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by ahoinu_diary | 2011-04-08 02:03 | 2011.03

3/25(金)

MaNHATTAN[濱本大輔(ds)藤井学(key)次松大助(syn)]/Newday[浜野謙太(tb)橋本キッズ剛秀(sax)中尾勘二(ds)]/Egoistic 4 Leaves。中尾勘二さんは、家のトイレットペーパーが残り数10センチのところで地震が来たらしく、どこへ買いに行ってもないので困ったらしい。次松大助君は仙台で被災。山の方だったので助かったとのこと。仙台から東京までバスで6時間ほどかかったという、道は空いているのだが一部状態が悪く、スピードを出せないらしい。今月の1日に来てくれてから、まだ一ヶ月も経っていないなんて信じられません。本当に、よく来てくれました。頭が下がります。
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by ahoinu_diary | 2011-04-08 02:03 | 2011.03

3/24(木)

LA CARAVANE PASSEも来日中止で、二日連続ライブは無し。9時過ぎに飲みに出る。「ぱうぜ」でUP SETのシュンスケに会った。
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by ahoinu_diary | 2011-03-25 22:02 | 2011.03

3/23(水)

AZURE RAY/4 bonjour's parties/シラオカは、来日中止。ライブがあるかと思ってるので、早い時間のお客さんはほとんど無い。スタッフのみんなは、営業をやりながら、いろんなところを、掃除してくれている。僕は事務仕事。
 義援金がいくらあるか、中間報告で数えてみたら10万円を越していた。今月中に一度送るつもりなのだが、どこへ送ればいいだろう。募金したお金がどのように使われているかネットで調べてみるが、イマイチ明確には判断できず。どこかに決めなきゃね。人の金だけに考えちゃうな。
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by ahoinu_diary | 2011-03-25 22:02 | 2011.03

3/22(火)

二件ライブが中止になった。4/5(火)のMizuki Wildenhahnと、6/4のモレーノ・ヴェローゾの来日が中止になったのだ。国が日本へ行くなと言うらしい。
 4/5の方はMizuki Wildenhahn (percussive dance )田村夏樹(tp)藤井郷子(p)臼井康浩(g)益子高明(per)だったのだが、藤井郷子オーケストラ名古屋に内容を変更して行う。
 6/4のモレーノ・ヴェローゾは、なんとカエターノ・ヴェローゾの息子で、仕切り直して絶対日本に来たいとのこと。
 ライブは、unbeltipo[今堀恒雄(g)ナスノミツル(b)佐野康夫(ds)]。いつもは終わると麒麟楼ヘ行くのだが、今日はTOKUZOで打ち上げまでやってくれた。また飲む。食わずに飲んでしまった。
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by ahoinu_diary | 2011-03-25 22:02 | 2011.03

3/21(月)

加藤エレナが来たので、デート。萬福鮨で、元船乗りのモーター関係整備会社をやってる人に会う。原発の仕事もやっていたらしい。現場の話を聞く。船乗りの話は面白かったんだけどなぁ・・・。クワット、TOKUZOと、飲む以外にやることが無いように飲む。
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by ahoinu_diary | 2011-03-25 22:02 | 2011.03

3/20(日)

昼にOtis'マスターの五十日祭代わりの食事会へ行く。神道だったので五十日祭。仏式でいう四十九日です。
 実は、昨日からjazz inn LOVELYで近藤房之助がやっていて、葬儀に来れなかった房之助は、たぶんOtis'へ行ったのじゃないかと思い、横山に聞いてみると、案の定深夜に現れて、やりたい放題だったらしい。折り悪しくも、その日は田村学や沢田春彦という、格好の餌食ライブを終えて飲んでおり、房之助は「お前ら、歌え」と言ってみたり「おれに歌わせろ」と言ってみたり、パワハラの嵐が吹き荒れたようである。行かなくて良かったなぁ・・・。
 夜は、そんな近藤房之助に会いにJazz inn LOVELYへ行く。久方ぶりに、金を払い、ゆったり飲んで楽しんでいると、左側にはライブを終えた房之助。右側には結構酔ったラブリーのマスター。二人で挟み撃ちにして、僕の女性の好みについてボロカス言うのである。もう、この世にこんな薄汚い表現は有るのだろうかと思われるような下劣な言葉の数々。僕の心がとてつもなく広かったから事なきを得たのであった。あとは、どうやって帰ってきたか、まったく憶えていません。
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by ahoinu_diary | 2011-03-24 20:50 | 2011.03